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やよぶ

Author:やよぶ
八ヶ岳小淵沢にある石屋 いとう石材&石あるくの妻のブログ。石の魅力、お墓について、地域情報、子育て奮闘記などをつづっています。

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石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
これからはこちらをご覧ください。
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ビジネス甲州弁講座  「いいようにやっとくれ」
石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
これからはこちらをご覧ください。
ビジネス甲州弁講座 今日のフレーズは
「いいようにやっとくれ」

お客様へ見積を持って行って、だいたい内容が決まる頃よく聞くことば。
1「あんたを信じてるからしっかりした工事をやってちょうだい」
2「細かいことはよくわからないから、専門家が見て最適と思う方法を採用して」
というニュアンスのほかに
3「金額以上の工事をしてほしい」「ちょっと勉強して」
という意味も含まれます。

類義文として
1は「へぇ、おたくを信用してるで。」
2は「こまけえことはわからんだ」
3は「ちったあ負かるら」

…?どうでしょう、地元の方々。
私にはそういう風にとれるのですが。
こわいなー、甲州商人気質。

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伝統文化について考える | 12:02:20 | Trackback(0) | Comments(0)
山を登る人
石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
これからはこちらをご覧ください。
ころころ通信16号の編集を始めました。

今年の夏はとても忙しく、おまけに新しいライターの仕事も始めてしまって、
秋に出そうと思っていた通信が1回飛んでしまいました。

待っててくれている人がどのくらいいるかわかりませんが
石やお墓の情報を伝えていくためには、やっぱり通信は欠かせません。

いいかんじでネタも集まってきたので、いよいよ来年早々には発刊の予定です。

さて、今回の目玉記事のひとつ、「その道のプロにきく仕事へのこだわりとご先祖祀りについて思うこと」。
今回の人は、山岳ガイドの竹内敬一さんです。
八ヶ岳連峰のひとつ網笠山の頂上近くにある山小屋「青年小屋」を経営するかたわら、
山梨県警の山岳救助隊長として数々の危険かつ難しい遭難救助を克服。
日本山岳ガイド協会理事で、八ヶ岳山岳ガイド協会の会長でもあると同時に
登山家としてエベレストなど世界の名峰の登頂経験も豊富な、プロ中のプロ。

そんな人が小淵沢町内のすぐご近所に住んでいらっしゃって、
今年はお住まいの地区の共同墓地の管理役員さんも持ち回りで引き受けていらっしゃいます。
今年はウチもたまたまその地区の仕事が多く、役員さんとしての竹内さんにとてもお世話になりました。

そんなご縁もあって、取材を申し込んだところ快く引き受けてくださいました。

山に登り、人の命も預かる竹内さんが考える「お墓観」とは?

今まとめている最中で、竹内さんにもまだチェックしてもらっていませんが、
限りある字数の中では入りきらなさそうな話で、とても印象に残っていることをここに記しておきます。

伐採に使われてきた日本の伝統的な斧の刃には、片方の面に3本もう片方の面に4本の筋(切れ込み)が入っています。
これは機能に関係することではなく、信仰から来ているとのこと。
4本の筋は「地水火風」、3本の筋は「塩、水、米」を意味する。
つまり大地や自然へのお供えを表す。
伐採にあたり、木の1本1本におきよめをし、祈りをささげることの象徴なんだとか。
ネットで調べてみると若干違う語呂合わせも出てきていますが、
とにかくこれから切る木に対して深い畏敬の気持ちを道具に込めたことが窺えます。

山岳信仰にも象徴されるように、日本人は昔から山に畏敬の念を持っているのです。
ここは、「山は征服するべきもの」と考えて人間の欲するままに自然の形を変えてきた西洋人とは
正反対の理念なのだそうです。

竹内さんの登山には、そんな想いが原点にありました。
通信では、その真摯な姿を紹介できればと思います。

伝統文化について考える | 23:35:00 | Trackback(0) | Comments(0)
ビジネス甲州弁会話 vol.1 「承知だけしといて」
石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
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ビジネス甲州弁会話 vol.1

山梨で仕事中によく使う会話を学びましょう。
これであなたも甲州商人。

今日のトピックスは
「承知だけしといて」
こちらが進めている作業で、相手にも関係するけど、特に何かをしてもらうほどでもない時、
「こういうことやってるけど、一応知っといてね、勝手にやるわけにもいかないから」というニュアンスを伝えたいときに使う。...

例えば、お隣の家のお墓工事をするときに、ちょっと横通らせてもらったり道具置いたりするとき。
特に迷惑をかけるようなことはないし、後ちゃんともとどおりにしておくけど、「承知だけしといて」
…というように使う。

標準語では「ご承知おきください」になるんだろうけど、
それではカタイ。
丁寧すぎるとすぐ「あんたどっからお嫁にきたでぇ」と言われてしまう。
でなくても相手に要らぬ気構えをさせてしまう。

かといって「覚えといて」だと軽すぎるし、逆にキツい感じに聞こえる場合もある。

「承知だけしといてください」が最も相手の気持ちにたった柔らかい声かけの言葉なのです。

ではリピートアフターミー。

伝統文化について考える | 23:14:59 | Trackback(0) | Comments(0)
世界遺産、富士山の実力
石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
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世界遺産になった富士山。
その経済効果は富士山麓以外にはあまりない、というボヤキの声もあるとか。

いやいや、ちょっと待ってください。
平山郁夫氏が甲斐小泉に美術館を建てた理由を知ってますか。
(・・・って私も最近ある雑誌の編集長に教えてもらったばかりですけど)
シルクロードで幾多の山を見て、その雄姿をえがいてきた氏が、
ここが一番富士山がきれいに見える場所だから、と選んだそうです。

富士山は登るためだけのものではないですよね。

日本中、最もたくさんの場所からその姿を望める山。
関西や東北の一部からも見えるというじゃないですか。

八ヶ岳に住む人間から自慢すると、標高の高い位置からみるために裾野までしっかり見通せること。
しかも田園の向こうに。

見えない地域の人からも、一目でそれが富士山だとわかるフォルム。
絵や写真、映像で見て知っているから。
日本人として知らない者はないほど、有名な山。
先日滋賀のいとこが遊びに来たとき言ってました。
「富士山、見たことないんです」あこがれの口調でした。

それほど、富士山って山は特別なんです。
日本中で愛でられる「日本の象徴」。

誰しも、思わず合掌。
富士山

伝統文化について考える | 00:08:09 | Trackback(0) | Comments(0)
「散骨は、すべきでない」のポイント
石屋のおかみの八ヶ岳絵日記は引っ越しました。
これからはこちらをご覧ください。
時々おじゃまするカフェ、長坂の「ブルーレイ」に久しぶりに立ち寄りました。

奥さんが、「待ってたわ」とばかりに笑顔で迎えてくれ、奥からなにやら取り出してきました。
それがこの本。

「散骨は、すべきでない -埋葬の歴史から-」
著:長澤宏昌
散骨

著者の長澤宏昌さんが奥さんの弟さんなのだそうです。

長澤宏昌氏…山梨県石和町生まれ。考古学専攻。考古博物館学芸員・埋蔵文化財センター主事などの職を経て実家である日蓮宗遠妙寺を継ぎ僧職に。

この本は石屋業界でも大変な話題になっていて、石材業界誌でも大きく記事として取り上げられていました。
もちろん私も知ってましたが、まだちゃんと読んだことはありませんでした。
奥さんは「あなたにあげようと思って、来るのを待ってたの」と言って、本をプレゼントしてくれました。

タイトルからも容易に想像できるように、これは一部ではやっている「散骨」を完全否定する内容です。
わかりやすすぎて、本当に読んでほしい人は手に取らないんじゃないかと心配されるほどです。

この本が出たとき、週刊誌などからはけっこうたたかれたようで。
どんな論理でたたかれたのかというと、
「また、坊主がお布施ほしさに葬儀や墓の費用をふんだくりたいんだろう」というようなもの。
まったく世も末だ。…とブルーレイのマスターもひとしきり熱論。

今の散骨はただのはやり病。
でもその病がかなり深刻な現代病で、人類の存続の危機にまで発展しかねない、核兵器みたいなもの。
今の、「散骨もまた選択肢のひとつ」でよし、とする風潮は、あまりに危険だ。

たとえば日本人として、箸の持ち方使い方に異論を唱える人はいないでしょう。
「箸渡し」とか「迷い箸」「寄せ箸」そのほかいろいろ・・・をしない。
これらはマナーであり、もっといえば日本人の尊厳だ。
個人の自由とかで片付けられる問題じゃない。

長澤上人は、そんな重篤の患者に対して、考古学の観点からわかりやすく埋葬の歴史を紹介し、
人として決して忘れてはならない尊厳を、僧侶としての愛情をもって説いてくれる。
「散骨」、よさそう、と考える人にこそぜひ読んでほしい。

でも、このタイトル見たら、そういう人は手にしないんじゃないですか?
人は自分の考えを肯定してくれるものに近づきたがるから。

だからあなたに渡したかったのよ。
もっとお墓の大切さを広めて。

いや、ウチにも基本、お墓を石で作りたいっていう人しか来ないですから
だから最近商売キビシクて・・・(笑)
それに石屋が言うと「やっぱり儲けたいから墓石をすすめるんでしょ」って言われるし。


ブルーレイさんとはそんな調子で、熱くグチを言い合いました。

筆者長澤上人の文体もとても熱いものです。
「散骨反対」のものでさえ、しばしばとまどうほどの強い語気も。
でもこれが、現代社会への切実な警鐘とこころえ、もう一度原点に帰らなければ、と思います。

最後に本の中から内容を象徴する言葉を引用します。

・このように、縄文人が家族や仲間の遺体を葬るとき、単に穴を掘って遺体を安置し土を被せるというイメージは払拭され、これまで以上の「人間らしい優しさ」をそこに見ることができる。
・埋葬行為は、これまで地球上に誕生したあらゆる生命体の中で、人間だけが行った行為である。
・家族に迷惑をかけたくないという発想、これはいったい何なのだろう。実はこれこそが、もともと日本の社会を支えていた根本を崩壊させる、最悪の考え方なのである。
・もう都会思考はやめたらどうだろうか。その必要がないことを、田舎で示す時代なのだ。
・私たち人間のDNAには埋葬を主体とする葬送行為はすでに織り込まれているのである。それを捨て去ることは人間であることを捨て去ることに等しいのだ。

・墓は物理的には、確かにモニュメントに過ぎないかもしれないが、(中略)そこに集い、報告し、感謝するというまさに心の思いを表す場所なのである。

なお、「散骨」は骨を撒くの意から「撒骨」と漢字表記するべきとの説も多く、夫はこれを支持していますが、
このブログ記事では本のタイトルを引用して、「散骨」に統一しました。

伝統文化について考える | 17:22:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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